グリーンエコートップページ ガーデニングコラム



 縁(えん)という言葉は私たちが日頃暮らしている中で頻繁に使われる言葉であり、誰もが知っている言葉でありますが、その意味は非常に深く人知の及ばない運命的なものでもあります。

 人と人がかかわりあって生きている浮世の中で切っても切れないのが縁であり、実際に庭造りの仕事をしていてもこの言葉を運命的に感じざるを得ないのが実際のところの感覚です。人と人が出会うことは私にとりましてはまさにお客様の出会いでありますが、この出会いというものは非常に不思議なものを感じます。時にはある方を介して、時にはインターネットのホームページを見てなど、きっかけは多種多様でありますが実際にデザインから施工に至り後の管理もさせて頂く場合や、お話だけで終わる方など様々です。

 また縁というものは不思議なものだと強く感じる場合も多く、例えばデザインひとつとってもそうですが実際にお客様の敷地を見せて頂くと自然にそこに必要なものがわきあがってきて、その場所に最も適したまたそのお客様にとって最も必要なものが自然と出来るものです。まるで目に見えないものに引き寄せられるように我々人間が動かされているような感覚をいつも感じるのは縁を感じざるを得ないものです。

 庭というものは生きているもののるつぼであり、大げさに表現すれば自然そのものでもあると言える訳です。人間、植物、昆虫や微生物など様々な生き物が共存する場所であることを前提に考えれば、庭の存在そのものが既に縁であると私は思います。先ほど触れたデザインもそうであり、そこの家に集まってくる木々や草花など全てが縁によって結ばれていて構成されているのです。

 実際に植物探しをしている時に欲しいものが手に入らず困っている時などに感じることでありますが、私が上手く探すことが出来ないだけであり目の届かない片隅で見つけてもらうのを待っている木々や草花との出会いは縁というものを深く感じます。また畑や市場では決して目立たなく誰にも見向きもされなくてもその庭にしか合わないようなもの、もっと簡単に言えばその庭に行くために時を待っていたとはっきり断言できることもしばしばあります。

 不恰好な木々でもそこに行けば最高の木になり、そこに存在することが全く違和感なく自然であることなどは非常に不思議なものであります。私が実際お客様に説明させて頂くことのなかに『 縁のある子たちが集まってきますよ』 という言い回しがありますが、実際に言葉で説明したことは後になってからご実感としてご理解して頂く場合も少なくありません。

 縁というものは不思議なものでありますが、庭を造ることに関して言えば無理に造ろうとせずとも自然に出来るものです。庭が小さな自然であるが故に縁というものを感じまた会得することができれば、既にその庭は最高の庭ということが言えるのではないでしょうか。

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